2月16日土曜に行われた兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)の定期演奏会の指揮台には、名曲コンサートや子どものためのコンサートではおなじみのPACのレジデント・コンダクター岩村力が登場。定期演奏会の舞台に立つのは2011年3月以来で2度目。
前回、定期演奏会を指揮したのは東日本大震災直後。演奏家たちとともに沈痛な表情でステージに立ち、太鼓の林英哲をソリストに迎えて4人の日本人作曲家の曲を披露した。私も「こんな時だけど…こんな時だからこそ!」と自らに言い聞かせ、阪神淡路大震災からの復興を掲げてオープンした会場に、祈りを込めて足を運んだ記憶がある。
今回も幕開けは日本人作曲家の曲だ。兵庫県政150周年を記念して、神戸生まれの作曲家・大澤壽人(ひさと)(1906-1953)の交響組曲「路地よりの断章」が演奏された。24歳で渡米、28歳からパリで学び、1936(昭和11)年30歳で帰国した大澤が、幼年時代に住んでいた神戸脇之浜(現在のHAT神戸付近だろうか)の路地で遊んでいたころの印象を7つの小曲に仕上げたものという。1曲ずつ曲想が異なり、変幻自在。時折聞き覚えのある日本風のメロディーが立ち現れ、不意に終わる。演奏時間は20分余り。帰国前年にパリで作曲した作品だそうだが、確かに異郷の地で見る故郷の夢の断片を拾い集めたような風情を感じさせる作品だった。
光沢のある洋紅色のドレスでさっそうと登場したソリストは、カリフォルニア州サンディエゴ生まれのヴァイオリニスト、アン・アキコ・マイヤース。フィンランドの作曲家エイノユハニ・ラウタヴァーラ(1928-2016)に、マイヤース自身が委嘱して作曲された、ヴァイオリンと管弦楽のための「ファンタジア」の日本初演(約14分)。期待のまなざしの中で奏でられたのは、清らかに澄み切った水と空気を思わせる心地よい調べだった。
一転して冒頭から激しい調子の独奏が踏み出す、モーリス・ラヴェル作曲の「ツィガーヌ」(約10分)が始まった。曲名のツィガーヌはロマ(ジプシー)のことだそうで、哀調を帯びたメロディーが様々な技巧を駆使して繰り広げられていく。途中から加わるハープが、いかにもラヴェルの曲。そこへ弦楽が登場すると独奏ヴァイオリンは様子を窺うように少々なりを潜め、再び勢いよく飛び出していく。その跳躍力はまるで野ウサギ! 曲調もいつの間にかあっけらかんと明るい調子に変わっていた。
ソリストのアンコール曲は「私の祖母が一番好きだった曲」と日本語で紹介された滝廉太郎の「荒城の月」。マイヤース自身の編曲で、情緒たっぷりに聴かせた。
それにしてもマイヤースが携えてきたヴァイオリンの音色の豊かなこと。「ヴァイオリンにおけるモナ・リザ」と称される1741年製グァルネリ・デル・ジェズ “ヴュータン”だそうで、これが同じ楽器の奏でる音かと驚かされるほど、演奏家の熱演に応えて、趣の違う3曲を懐深く響かせてくれた。
そしてPACの演奏曲は、リムスキー=コルサコフ(1844-1908)の交響組曲「シェエラザード」。千一夜物語を王に聞かせて魅了して、やがて王妃となった女性の名を持つ曲は、ドラマチックで華麗な音絵巻。指揮の岩村が「前半のヴァイオリン曲を堪能した後、さらにオーケストラの中での芳醇なヴァイオリンに耳を傾ける“ヴァイオリン三昧”を楽しんでいただこう」と考えた粋な選曲だ。
物語を語るシェエラザードの主題はコンサートマスター四方恭子の独奏。フルートの大久保祐奈、オーボエの上品綾香、クラリネットのルシア・グラナドス、バスーンのチェ・ユノ、ホルンのアストリッド・アルブーシュ、トランペットの金丸響子らPACコアメンバーの女性たちが大活躍して織り上げていくエキゾチックな物語の世界。岩村はまるで信頼する部下たちを率いる指揮官が先頭に立って馬を駆るかのように、指揮台の上で疾駆していく……。会場を後にしてからも頭の中ではシェエラザードの主題が回り続け、大いに余韻を楽しんだ。
ゲスト・トップ・プレイヤーは、ヴァイオリンの田尻順(東京交響楽団アシスタント・コンサートマスター)、ヴィオラの柳瀬省太(読売日本交響楽団ソロ・ヴィオラ)、チェロのユミ・ケンドール(フィラデルフィア管弦楽団アシスタント・プリンシパル)、コントラバスの石川滋(読売日本交響楽団ソロ・コントラバス)、ティンパニの近藤高顯(元新日本フィルハーモニー交響楽団首席)。スペシャル・プレイヤーは、ホルンの五十畑勉(東京都交響楽団奏者)。PACのOB・OGは、ヴァイオリン6人、ヴィオラ、チェロ、クラリネットが各2人参加した。
(大田季子)